2017年10月13日金曜日

Girls’ Empowerment

きのうは国際ガールズデーだったそうで、
GUCCIが、UNICEFの Girls’ Empowerment initiativeの
ファウンデーションパートナーであるとアナウンスしています。

レディスのファッションの発展の歴史、特に戦後のそれは、
必ずこの側面を持っていて、
それに寄与したデザイナーやクチュリエが認められる傾向にあります。
シャネルしかり、サンローランしかり。

日本だと、ヨウジより、なぜレイ・カワクボなのかといったら、
この問題があります。
よりGirls’ Empowermentに寄与したのはレイ・カワクボ。
だから評価が高い。 単純にデザインの問題ではありません。
(ではKENZOがなぜ高い評価を得ているかというと、
ファッションにエスニシティを導入したからです。
マイノリティの文化を取り入れたということで評価が高いのです)

日本のファッション誌はこの視点がすこんと抜けています。
需要がないから?読者はそんなこと知りたくないから?
そうかもしれないけれども、
この話抜きではファッションは語れない。
現にGUCCIは、大きくアナウンスしているわけです。
(ときたま、そんなのファッションと関係ない、おしゃれじゃないとか言う人がいるけれども、
それは自分の無知の表明にすぎません。勉強してないって証拠。GUCCIを批判するってことよ、それは)

さて翻って日本を見てみましょう。
日本の女性はGirls’ Empowermentが必要な対象者です、明らかに。
自分たちはそんなふうに思っていないかもしれないけれども、
世界的に見たら、女性の地位が低く、男女平等が実現していない、
いわば遅れた国です。

Girls’ Empowermentの意思がないファッションが、高く評価されることはありません。
日本のファッションが世界に与える影響が低下したのも、
デザイン面のクオリティの低下だけではなく、
このことも関係していると思います。

Girls’ Empowermentについて、今、定義を調べてみたけれども、
一般的な定義は特にないようです。
基本的には女性の自由と自立、男女平等、教育の機会など。
(ウィメンではなく特にガールズとつく場合は、児童労働の禁止、少女婚の禁止)
総じて、できないことができるようになること、
選択できること、自分の人生を自分でコントロールできること、です。

これが実現したら、もうこんなことを言う必要はなくなり、
ファッションもそこから自由になれるんだけれども、
そんな世界の実現はまだまだ遠そうです。

手前味噌になりますが、
自分の人生の主人公になろうと呼び掛ける私は、
この Girls’ Empowermentの流れにのっとっているわけね。
それはファッションをきちんと勉強してきたから、そう呼びかけざるを得ないってことです。
ファッションを勉強していて、それについて語らないということは、
私にとって邪道なんです。