2017年7月8日土曜日

その服を着て何をする?

私が大学生だったころ、
もう既に「女子大生」みたいなくくりが出ていて、
一部のそういうくくりに入りそうな方々は、
いわゆるブランド物、ヴィトンのバッグとか何とかを持っていたりもしました。
(それは親に買ってもらったものかもしれないけれど)
私が行っていた大学は貧乏な人が多かったので、というのも私大で一番学費が安い大学で、
そういう人は数人しかいませんでした。
しかも森の中にあるんで、そんなもの誰も見ていないよっていう・・・
(森の中は最高よ!)

20代になると、こんどは景気がいい人たちがいて、
相変わらずヴィトンのバッグとか、ブルガリの時計なんかをしている友達、
というか知りあいもいました。
私はそれを見るたびに、そんなものにお金を使うのだったら、
何か見に行ったほうがいいなとか、何か習ったらいいなとか、
旅行でもしたらいいなと思ったものです。

それで思うのですけれども、
服というものはいつでも何かをした経験や行動と一緒に思い出されはしませんか?
私の場合はそうです。
あそこに行ったときは何を着ていたとか、
誰かとどこかで食事をした時は何を着ていたとか、
そんなふうに覚えています。
服単体とか、バッグ単体というのはない。
いつでも何かをした時、どこかへ行ったとき、誰かと一緒だった時です。

本当に欲しいのは服そのものじゃなくて、
その服を着て、何かをした経験や想い出ではないでしょうか。
それが楽しい想い出だったりしたら、
その服はそう簡単には捨てないだろうし、
あれを着ていてよかったなという宝石のような想い出として、
心にしまうことができます。
そして、暇なときに取りだして眺めたりする。

逆に何か嫌な思いをしたときに着ていた服を持ち続けることはしないし、
暇なときにわざわざ思い出すこともありません。

けれども経験も行動も、有限な時間の中で行われるわけですから、
やるとしても限度があります。
服収集家やマニアじゃなかったら、
経験と行動が結びついていない服は、必要ではない服でしょう。

よい経験のための服を集めると考えると、
ワードローブはより一層すっきりすると思います。



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