2017年5月19日金曜日

全く覚えていない服

きのう、アパレルでやった各種アルバイトのことを思い出していました。
その中で割と長くやっていたのがレイコ・ヒラコという東京コレクションに参加していたブランドです。
ブンカの友達に誘われて、コレクションの始まる前の春休みとか夏休み、
毎日、朝から晩までそこでアルバイトとして、
下っぱの仕事をいろいろやっていました。

そこは労働時間こそ長かったですけれども、学生のアルバイトに時給1000円で、
夜19時ごろを過ぎると、出前をとってくれたりして、
ブラックな環境ではありませんでした。


どんなことをやっていたかというと、
パターンの青焼きとか(今はもうあのシステムはないらしい)、
トワルの組み立て、その他もろもろの雑務、買い物など。
コレクションの当日の裏方もやりました。

それで、ヒラコさんって、どんな服を作っていたんだったっけと、思いだそうとしたのですが、
これが全然覚えていない。
覚えているのは、なんかみんなで合成皮革のスカートにカッターでモチーフをくりぬいたこととか、
浅草橋まで帽子の中に入れる鳥(帽子が鳥かごみたいなデザインだった)を買いに行き、
帰りにタイ焼きも忘れずに買ってくるように言われたこととか、
そんなことだけ。
全体のお洋服の雰囲気は全く覚えていません。

自分が着ていたニコルの黒いパンタロンとか、
ワーカーズ・フォー・フリーダムの前立てにフリルのついた白シャツとか、
そんなのは覚えているのですけれども、
バイト先でどんなのを作っていたかは、ほとんど記憶にありません。

ついでに言うと、
いっしょにアルバイトをしていた、ヨダさんというサイケが好きな女の子の服も、
全然覚えていない。
(ヨダさんが蛇の指輪を御守りにしていたのは覚えている)

あと、覚えているのは、サンヨーから移ってやってきたシマナカさんという親切なおじさまの
(と言っても、その当時35歳ぐらい。私らにはおじさんに見えた)、
普通のサラリーマンみたいなスーツ姿ぐらい。

結局、自分の好きなものしかよくは覚えていないのです。

想い出は、自分のすごく好きなものと、
あとはとっても嫌だったこととか、嫌いなものだけで形成されていて、
どうでもいい中途半端なものは抜けて落ちていく。
だからきっと、死ぬ時に思い出すのは、
好きな服を着た想い出だけなんです。
それは決して、誰かがそれを着なさいと言った、その服ではないでしょう。
そうではなくて、自分が好きで着ていた服、
もしくは、着なかったかもしれないけれども、好きだった服です。
(私の場合、高くて買いたくても買えなかったロメオ・ジリのドレスは覚えている)

だったらなおのこと、誰かがどうこう言う服じゃなくて、
好きな服を着たいと、私は思います。
だって死ぬ時に、あれも着たな、これも着たな、
よかったなって、
思い出したいからね。
それだけです。

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