2017年3月8日水曜日

何を着てもよい、ということ

おとといからの、
エマ・ワトソンに対する「おまえ、フェミニストのくせに胸なんか出しやがって」騒動を受けて、
現在、正真正銘のフェミニストたちが、
何を着てもよい宣言をしています。

重要なのは選べる、ということ。
何を着てもよくて、
選ぶ自由と権利があるということ。
別におしゃれでなくてもよい。
おしゃれである必要などない。
おしゃれなど無視するという権利もある。

同時に、
あなたには似合わないと言われた色を着ても、形を着てもよい。
で、それがファッション。
男で言ったら、
男がスカートをはいてもよい。

婦人服の歴史は女性の自由と権利が裏テーマだけれども、
では、紳士服は何だろうかと、
きのうふと考えたのですが、
それも、ジェンダーの意味の解体ではないのでしょうか。
だから、コレクションなんかで盛んにメンズで花柄が出たり、レースの服を着せたりするのは、
そういうことが案に隠されている。
そして最新で言ったら、
グッチのアレッサンドロ・ミケーレはどんどん貼りつけられた「男性性」の意味を解体しています。
それが受け入れられるかどうかはさておいて。

ジェンダーレスというのは性差がないという意味ですけれども、
デザイナーたちがやっているのは、性差をなくすという作業ではなくて、
意味の解体だと思います。
男性の役割からの意味の解体。
ということは、まだまだ発展の可能性があるということ。
なぜなら、
現在、男性といえども、その役割という縛りでがんじがらめになっていますからね。


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