2017年3月30日木曜日

中心ではないところからの視点

どなたかがはっきり書いていたのですけれども、
ゲイのデザイナーがいなかったら、
ファッションの発展はなかったと。
サンローラン、ケンゾー、トム・フォード、マーク・ジェイコブス、
ゴルチエ、アレキサンダー・ワンもかな。クリストファー・ベイリーもですね。
もちろんもっとたくさん。
この人たちが魅力的な服を作っていなかったら、
ファッションは今のように発展していません。

何が違うかといったら、やっぱり視点が違う。
とらわれも少ないです。
枠がない、かつ美意識が高いという感じでしょうか。

その他の文化もそうですけれども、
ど真ん中にいる人って、案外少ないです。
最近、登用されるデザイナーなんかも、
例えばフランス人なんかではなくて、
周辺の国だったり、名字から察するに移民の子孫みたいな、
そんな感じの人も多い。
案外、生粋のパリジャンです、デザイナーです、
なんて人はいません。(いるかな?わからない)

それはなぜかというと、
多様性を表現するためには、
そういった中心ではないということのほうが
案外、有利だからなのでしょう。
普通に真ん中にいたら、見えないことが多いでしょうから。


まん真ん中だから見えると思ったら大間違いで、
実は見えていない。
なぜか不思議なんだけれども、
よくわからないみたい。

デザイナーなんかは、それをわかっているのかいないのか、
よく中心地じゃなくて、郊外に住んでいますよね。
(日本のデザイナーは違いますけど)

そういう中心じゃない視点が、
実は豊かさを生むという。
マージナルにいるほうがいろいろわかるのでしょうね。