2017年2月2日木曜日

ファッションへの関心は、低下しているよね。

ドラマとは葛藤であり、
その末の変化です。
葛藤がなかったら、それはドラマではありません。

物語が始まるということは、つまり葛藤の始まりであり、
最終的に待っているのは変化、ということになります。

では、「物語が始まりそうな服を選ぶ」って何かというと、
最終的に変化するための服ということになりますね。

主人公には目的があって、
そのために行動して、
物語の最初とは違った状態になる。
そうならないのだったら、
それは物語でもドラマでもないです。

では変化ってどうしたら起こるのか?
物語はどうやって始まるのか?
ですけれども、
きのうのユング先生のお言葉にもあったように、
誰かと会うことから始まるのです。
大体はね。
ごくたまに、朝から晩まで空を眺めていて、
自分の空想の中でだけ物語が進行する人もいるかもしれないけれども、
大体は誰か、もしくは何かに出会わないことには、始まらないわけ。
(何かでもいいので、ラスカルでもいいわけね)

誰にも会わないんだったら、
物語も始まらないし、
そんな服も要らない。
人生に変化もなく、
成長もない。

みんな、そうすべきだとは言わないし、
もちろんそれは選べるわけだけれども、
変化を望むなら、誰か、もしくは何かに出会うしかないわけです。
そしてそこにバラエティがあるほど、
変化に富んで面白いことになります。

最近、ファッションに関心がある人がすごく減っているようで、
私も薄々感づいていましたが、
それには「仕事場以外、誰にも会わない」
ことも関連しているのでは?
土日に誰かに会わないのだったら、
仕事に行くときの服以外、要りませんものね。
そしてその仕事も朝から晩までパソコンに向き合っているのだったら、
ほんと着てるものなんて、どうでもよくなっちゃう。

そんなわけで、
最近の日本におけるファッションへの関心の低下は、
そんなことろも関係あるかなと思った次第でございます。


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