2017年2月13日月曜日

自分と服との関係

最近、メンズについての質問されることが多くなったので、
ちょっと勉強していてるのですが、
小さいころから今まで、
私って、ほんと、男の服には興味なかったし、
見てもこなかったなと思いました。
なぜかと考えてみたら、
私が興味あるのは自分と服の関係であって、
誰かとのそれに関しては、はっきり言って、どうでもいいからです。

また人として好きで、尊敬するのは、
何かに一生懸命打ち込んでいる人とか、頑張っている人、何かを続けて努力している人なので、
いくら上から下までおしゃれであったからって、
それがないなら、私は魅力を感じません。
ですから、スポーツマンの男性が、
朝から晩までスポーツウエアでも、全然気にならない。
そこにおしゃれ要素がなくても、何とも思いません。
それは女性についても同じです。
何を着ているかとか、バッグがどうかで、その人を判断しないです。
それより一生懸命かどうかのほうがずっと大事だし、
どんなにおしゃれでも、ただ漫然と生きている人は、私も興味がありません。

何度も書いている「ギャルソンを着た悪魔」みたいに、
いくら30歳の女子で、
上から下までコムデギャルソンを着て、
そのときの最もおしゃれな服を着て、街を歩いていたとしても、
その人が、他人の人権を無視する、単なる意地悪女だったとしたら、
服も含めて嫌になります。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」です。
そういえば、お坊さんって、皆、立派な衣装ですものね。
最低最悪の坊主もいい袈裟を着ているはずですからね。

で、今までメンズに興味がなかったのですが、
今、スーツの歴史についての本を読み始めました。
メンズの服装史を勉強し始めてわかったのが、
これはちょっと一筋縄ではいかないということ。
歴史の文脈の中で男性のおしゃれについて考え始めると、
そんな簡単な話ではない。
古い絵、例えばルネッサンスより前ぐらいから見ていけばわかりますが、
男性の服装の変遷って、すさまじい。
(その前の、ギリシアローマは、「テルマエロマエ」に出てくるあの感じ。ト―ガってやつ)
ルイ何世だかはヒールの靴だし、フリルもついているし、
タイツもはいている。
女性の服装って、歴史的に見ても、
男性服の転用なだけ。
しかも、男性の服には、そこに必ず権力との関係が隠されています。
基本、権力誇示のために衣装を選ぶわけです。
もちろんそこには数多くの象徴が隠されていて・・・
となってくると、
あら、めちゃくちゃ難しいではないの。
当たり前だけれども、この歴史の文脈の中でのおしゃれについて理解しないと、
今、何をおしゃれと感じるか、そのオリジンについてはわからない。
流行りものを見ているだけでは、その深層心理まで理解できません。
というわけで、男性服の服装史については、
引き続き勉強します。


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