2017年2月11日土曜日

夢見た未来はこなかったけれども

鷲田先生の1990年代後半から2000年代の初頭にかかれたファッションの本を読んでいると、
根拠なき未来の明るい展望に、
いささか拍子抜けしてしまいます。
これは鷲田先生に対する悪口なんかではなくて、
確かにあの時代、多くの人が共有していた感覚だと思います。
まあ、哲学者は預言者ではないし。

まさかあのとき、2000年以降が、そして2017年の今の
ファッションやその周辺にかかわる状況がこんなにもみじめなものになるとは、
思いもしなかったでしょう。

1990年の後半の日本のファッションから見た未来は、
もっと日本人デザイナーの世界に与える影響が大きく、ゆるぎないものになり、
人々はより個性を表現するような自由な装いをしているだろうと、
鷲田先生は夢想しているわけですが、
20年たった今、その夢想は単なる妄想でしかなかったとわかります。

この今となっては大きく外れてしまった、
未来への楽観的な展望なんですが、
ではあのころ、今のようになることが予想できたその種が全くなかったかと言われれば、
決してそんなことはありません。
だってもうそのころ、私は死にそうになっていましたし、
アパレル業界のブラック企業化はもう既に始まっていました。
で、それが序章だったわけね。
さてこの序章から始まった物語、
今はどこまで進んだのかしら?
起承転結の転さえも、まだ起こっていないかもしれないです。

しかしそれは日本というレベルの物語。
その上に世界の物語があり、またその上に宇宙の物語があり、
そのずっと下に個人の物語があります。

「上にあるものは下にあるもののごとし」とは、
ヘルメス・トリスメギストスの言葉ですが、
これは「下にあるものは上にあるもののごとし」
という言葉と対になっています。

どういうことが言いたいかというと、
限りなく下のレベルに近い小さい個人の物語から変える以外、
上は変わらない、ということです。

ファッション業界が、作業着系をお勧めしたからそうなった部分もありますが、
それを変えるのは、
個人がその「作業員の物語」を受け入れて、
それを生きるかどうかにかかっているわけです。
つまり自分で自分の物語を生き始めることをする以外の方法では、
変えることができないのです。

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