2016年12月21日水曜日

20年後にきたもの、くるもの

80年代から90年代にかけて、
日本のファッションが世界で認められたあのときが、
今考えれば分岐点だったと思います。

あのとき潤沢な資金が集まってきて、
それをただ立派な店舗や、
デザイナーの遊びに使うのではなくて、
もっと長期的な視点で、その後の日本のファッションの発展のために
人に使っていれば、今、こんなことにはならなかったでしょう。

あのときに経営者である彼ら(それはデザイナー自身の場合もありましたが)が
とった選択は、労働者を消費財として使いきることでした。
取り換え可能な安い消費財として、
そう、まさにTシャツのように使っては、新しいものに取り換えた。
今でも覚えていますけれども、
例えばミシンやら、何かの機械やらは、やたらと大切に扱うんですよね、あの人たち。

その結果、何の技術の進歩も経験の蓄積もなく、
空っぽになったのが、まさに今でしょう。
これでは世界と同等に競えるはずがありません。
かろうじて、生地屋さんが頑張っているぐらいです。

彼らはいろいろなものをバカにしすぎた。
洋服というものを、そして人というものを。

そうやって、人を安く消費財のように使うと、20年後に残るのは衰退と没落です。

それは、20年前のアパレル業界の景色だったのですけれども、
この景色、今や日本のあらゆる産業の至るところで見受けられます。
ということは、放っておくならば、20年後は至るところで衰退と没落が出現します。

この20年、それでもファッションをやりたい人は、外国で教育を受けたり、
キャリアを築くことによって、しのいできました。
そこに行けば、確実にそれはあったから。
けれども、それができなかった人は、もうやっていないと思います、ファッションを仕事として。

今、消費財のように安く使われている人たちは、
どこへ行けばいいでしょうか?
選んだ仕事によってそれぞれだと思いますから、それがないともあるとも言えません。
でも、たぶん、この20年、ファッションを続けたい人が外国へ行ったように、
獲得のために動かなければならないと思います。
それができないのだったら、何もできないという道しか残されていませんから。

その道は誰かが教えてくれるわけではないので、
それぞれが考えるしかないでしょう。


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