2016年11月22日火曜日

服が活躍している場合じゃないんでないの?

いつも気になるんですけれども、
「このパンツはこの冬、大活躍しそうです」という表現。
ねえ、考えてみて?
活躍したいのは服じゃないんじゃないの?
自分なんじゃないの?
「活躍」とは、大いに活動すること、目覚ましく活動することという意味ですから、
このパンツが目覚ましく活動するんですよ。
それでよいのでしょうか?

そうじゃなくて、
この冬、このパンツは私を助けてくれそうです、とか、
サポートしてくれそうです、
のほうがよいんではないの?

おしゃれの目的化もそうだけれども、
服に活躍させちゃって、
自分が脇じゃ困るわけです。
服に大活躍してもらって、
それをサポートする私って、
どう考えても変よ。

言葉は概念だから、
そんな言葉づかいをしていたら、
そうなってしまいます。

いつごろからかはわからないけれども、
服だの、バッグだの、靴だのを表現するこれらの言葉によって、
私たちは脇へ追いやられてきました。
何度も何度もそういう表現を聞いたり、読んだりしているうちに、
自分よりも、服や靴やバッグに活躍させちゃっているわけね。
だから優先度が高くなって、お金もたくさん使うわけよ。

私は、私より目立って、大いに活動する靴も服もバッグもいりません。
必要なのは、活躍する私をサポートしてくれる服、靴、バッグ。

私がよく「物語が始まる服」だの、
「主人公のためのワードローブ」だの言っているのはそのためです。
活躍する主体を間違えないように。
そして、おしゃれをする目的を忘れないように、です。