2016年11月14日月曜日

「野心」に取りつかれた人

脳の記憶はあいまいで、しかも勝手に穴埋めするということが書いてある本を読んで、
また、実際にキネシオロジーを通して、
その人の言っていることと、実際にあったこと、
起こったことが違うということも知っていて、
それでわかったことがあります。
言っていることと、身体から上がってくる身体の言葉とに乖離があればあるほど、
どうやらその人の人生はうまくいかないようです。

考えてみれば当たり前のことで、
いつでも、結婚したいという思考と、結婚したくないという身体の意見と、
同時に持っているのですから、運転席に常に2人座っているようなもの。
だけれども、動かすのは身体のほうなので、
結局、行動は身体が指示する方向へいきます。
つまり、思考は結婚したいだけれども、
身体が結婚はしないと言っているなら、
結婚するための行動はしない、になります。

これはなぜ起きるのかというと、
1つは身体の声を無視しているからです。
身体の声を無視して、
社会的な声、それは親であったり、先生であったり、マスコミであったりの意見を取り入れて、
そちらを重要視します。
だけれども、それは大体において、身体の望む方向と180度違うので、
いつでもブレーキとアクセル、両方同時踏んでいるような状態になっていて、
結局、どこへも行かないのです。

それと最近、気づいたのは、これは社会的な声だけではないな、ということです。
私はそれを「野心」と呼んでいます。
どうやらこの「野心」に取りつかれると、
妙にかたくなになって、心が柔軟性を失い、
人間関係から孤立するようです。
この「野心」は、自分で努力することなく、何かを達成しよう、得ようとする「野心」です。
「野心」に取りつかれている人の特徴は、
リアルな人間関係が希薄なことです。
(ネット上でのつながりは除きます。そこはペルソナを使って何とかつながれます)

自分の住んでいる地域、
働いている場所などで、
リアルに誰かと付き合っていない人。
これが「野心」に取りつかれた人の特徴です。
なぜなら、この「野心」には全くリアリティがないので、
リアルな人間関係が、その「野心」をおびやかす可能性があるからです。

鍵は、その「野心」を維持し続けるか、捨てるか。
維持し続けるというのなら、
その状況は続くでしょう。
その「野心」は、フェイクですから。


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