2016年11月1日火曜日

創る愉しみ

いつだったか、
高校の演劇部の友達が(彼女は副部長だった。部長は私)、
パッチワークを習っていて、
もう10年も習ったころ、そろそろ教える側になったのだけれども、
親戚だかがバッグを作ってほしいということで、
作ってあげたが、お礼が3万しかなかったと、
たいそう怒っていたことがありました。

パッチワークのバッグ、その労力を考えれば、
3日やそこらではできませんから、
3万では安いです。
けれども、バッグの価格からしたら、
3万のバッグは、安いほうではありません。

自分で洋服を作ったり、バッグを作ったりするのは、
材料費も労力も、売っているものよりかかります。
だから、安く作るためという理由なら、
やらないほうがまし。

では何でやるかというと、
そこには作る喜びがあるからで、
そのためにやるのです。
売っているものと比べるためではありません。

編み物なんかも、たぶん、今はでき上がった製品を買ったほうが安いでしょう。
それに売っているもののほうが、自分で作ったものよりもきれいだし。

そういう私は大学生のころ、
自分で編んだセーターで、学校へ行っていました。
ローゲージの、白と茶色の二本どりのツイード調のものと、
もう一つ、薄いピンクの1本はモヘアにした二本どりのニット。
ピンクのニットに、やはり自分で作った真っ赤なフレアスカートをはいたりしていました。
それにゆるいパーマがかかったロングヘアの時期もありました。
まだ洋裁を習う前でしたから、本を見て作ったものです。
自分で考えて作って着るという、その楽しさのためにやっていました。

生活の中に時間的な余裕がなくなると、
この作る楽しさが奪われていきます。

きのうは久々にユザワヤへ行って、
まだまだたくさんの人が材料を買いに来ているのを見ました。
創る愉しみを知っている人は、
いなくなったわけではありません。

創る愉しみとか、
育てる楽しみとか、
受け身でない楽しみを知っている人は、
誰かから奪おうと、がつがつする必要もなく、
自分の人生を作るわざさえ、習得していくものなのだと思います。

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