2016年10月26日水曜日

未来が見えるお買い物

きのうは、お呼ばれして、新進デザイナーのプチ・ショーと、
その販売会があったので、見てきました。
ちゃんとデザイナーさんも来ていて、あいさつしたり、
試着のお見立てもしていました。

で、何着か試着してみたのですが、
着ての感想は「未来が全く見えない」、でした。

悪くはないと思うのだけれども、
ショーで見映えもしたのだけれども、
着てみると、全く、さて、どうするか、これ?
という感じで、どういう場面で、何をしているときに着るかという
シチュエーションが全く見えませんでした。

例えば、食材だったら、
これは鍋にしたらおいしそうとか、
ありますね。
「鍋にしたら」という仮定の未来です。
その、おいしそうがイメージできるから、買うわけです。
これ、何にしたらわからないけれども、買うというのは、
なくはないけれども、余りない。
どう調理したらいいかわからないときは、
お店の人に聞いたりします。
「どうやったらおいしく食べれるの?」って。

洋服も、「これ、いつ着たら素敵に見えるの?」というのが見えないと、
買うには至らないわけです。

先日、ワークショップをやったとき、参加者にシーンを聞いていて、
「ニセコのヒルトンのラウンジ」という設定があって、
それを聞いただけで、探す服のイメージができます。
逆に、服から入ってしまうと、
これは一体どこで着るんだ?になってしまう。
それは料理で言ったら、どうやって食べるんだ?と似たようなことです。

自分でおいしく料理ができないものは買って帰らない。
だから、自分で、これって一体いつどうやって着たら素敵に見えるのか、
さっぱり見えてこないものは買えません。
それで、世の中の多くの人がそう思ってしまったものは売れ残る。

いつかどなたかが、「夢を売るんです」と言っていたけれども、
欲しいのは、実現不可能な夢じゃなくて、
実現可能な近い未来。
実現可能な近い未来の積み重ねがないと、夢にもたどりつけないから。


そんなことを考えつつ、
帰りにプラダでコートを試着したら、
リアルに未来が見えました。
(マネキンが着ていた服の試着を希望したら、マネキンの腕をとるところから始まって、
ちょっとびっくり)
ああ、こっち、こっち。
同じお金があるとしたら、こっちを買ってしまうなという結論が出た、
久々のショー見学でした。


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