2016年10月20日木曜日

幸せとコントロール

人間は、自分でコントロールできるということに喜びや幸せを感じるようにできている、
ということを説明している本を今、読んでいます。
この場合のコントロールとは、
例えば、仕事の裁量だったり、植物の世話のことであり、
他人を自分の思い通りにコントロールするという話ではありません。

その本には、老人ホームで、植物の世話をしてくださいと委任されたグループは、
同じ植物があるにしても、職員が植物を世話したグループよりも長生きしたという
研究結果が出ていました。
ただし、その実験が終わって、もう植物の世話をしなくてもよいとなったら、
生きがいも同時になくなってしまったそうです。

衣服に関することも、同じことが言えると思います。
コントロール不能になると、
そこに幸せを感じることができなくなります。
多すぎるとか、
何を着ていいかわからないとか、
自分でどうしていいかわからなくなるほど、
自分で決められなくなればなるほど、
不幸になるのです。
だから、理解する、決められるようになる、
コントロールできるということは重要なのです。

で、当然のことながら、
いくら、コントロールすると幸せを感じるからといって、
これを他人に向けたらどうなるか。
その他人は、コントロールされる側ですので、
とても不幸になります。
切り離すことができる人間関係でしたら、
もう会わないと心に誓うでしょう。
離婚できるのでしたら、離婚するでしょう。
早く家を出たいと、決意するでしょう。
なぜかといったら、
幸せを取り戻すためです。

きのうはなんだか、多くの人がコントロールから脱出しようとした日ではないかと思うのですが、
いかがでしょうか。
私は朝から眠くて眠くて、21時に寝てしまいました。

自分の人生を幸せなものにしたいのだったら、
コントロールを取り戻して、
コントロールしようとする側から逃げることが、
賢明なことだと思います。

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