2016年10月15日土曜日

衣服に関する不自由さからの脱出が必要

おしゃれに見えるかどうか、他人の視線が気になるとか、
服がたくさんあって、どうしていいかわからないとか、
何を捨てたらいいかわからないとか、
何を買ったらいいかわからないとか、
今日、何を着たらいいかわからないとか、
これらすべて、感覚に閉じ込められた世界なのではないかと、
思います。

こういうことが起こると、結局、不自由でしょう?
音楽とかダンスとかがわかりやすいと思いますが、
音楽とかダンスは、発表するその日まで、退屈にも思える練習を繰り返します。
なぜか。
本番で、肉体的にうまくできないという状態、そしてわからないという感情からも、自由になれるからです。
自由になれると、自信も生まれる。
自信がないのは、練習が足りないから。自由の境地まで、達していないから。

毎日毎日、わからない、できない、身体が動かないというのは、
非常に不自由なのです。

例えば料理もそうです。
一人暮らしでも、主婦でもなんでもいいですが、
とにかく毎日、何か作らなくちゃいけなくなったとき、
最初の1年ぐらいは、いろいろなものの作り方がわからなくて、不自由で大変なのです。
けれども、習得してしまえば、その不自由さはなくなり、
それだけではなく独創性も生まれます。
これを付け足してみようかとか、素材を変えてみようかとか。
ここまでいかないと、
料理は自由を奪うものになってしまう。

衣服に関しては、多くの人が不自由です。
毎日のことなのに、わからないが多すぎる。

おしゃれに見えるかどうか、その前に、
この不自由さからの脱出が、何よりも必要だと思います。

このわずらわしさから脱出して、
初めて自由を感じられるようになります。

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