2016年9月18日日曜日

イレギュラーにイレギュラーが重なって

今日はイレギュラーなことに、
イレギュラーな出来事が重なり、
いつもやらないことばかりが起こって、
でも、結局それがドラマであり、
ネタであるので、
人生はしょせんネタだと受け入れるならば、
まあそういうこともたまにはあるよね、
ということで、
あきらめて、改善して次に進めばいいやと、
つれづれに考えたりしていました。

きのう日食でしたから、
多くの人が、いつもと違う感覚だったかもしれません。
車の事故も多かったみたいで、
渋滞も起きていました。

キネシオロジーをしていた感じるのは、
知っている私と、知らない私、
この2つがあるということです。
もっと細かく言うと、
知っている意識と、知らない意識。
私たちを動かしているのは知っている意識なのですが、
知らない意識は、これに気づきません。
しゃべっているのも知らない意識です。
知らない意識は知っているつもりでしゃべります。
けれども、これが実は全然わかっていない。
実は、自分のことなど、全然わかっていません。

全然わかっていないという前提に立つということは重要です。
可能性を狭めるのも、このわかっていないという意識です。
できないと思うのも、わかっていないという意識。
だから、やってもみないということはもったいないことです。
なんせ、自分で自分のことを、実はわかってはいないのですから。

イレギュラーな出来事は、
このわかっていない、けれども確実に自分を動かす意識が起こしているのだと思います。
だから、そのイレギュラーな、ドラマチックな出来事が起きたときにわかることがある。

ドラマとは、いつでもそんなものではないでしょうか。
予想外の出来事は、主人公が自分自身を理解するために起こる。
そういう意味では、こんなイレギュラーな出来事も、
喜んで受け入れる、
そんな態度がよいのかもしれません。

ドラマはいらないと思っていたけれども、ドラマは必要なのかも。
なんせ、「すべてこの世は舞台」ですからね。


☆「ファッション・レッスン」「IH(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。