2016年9月22日木曜日

デザイナーにならなくてよかったとつくづく思う。

グッチだの、バーバリーだの、
いいコレクションを見るにつけ、
洋服のデザイナーなんかにならなくてよかったと、
つくづく思います。
特に今回、この2つのショーを見て思ったのは、
西洋服飾史と、その構造を理解していないことには、
こういった表現は無理だということです。
過去の積み重ねが現在の一点に集約されています。
それは、その地で育って、学んだ人しか持つことができないでしょう。
留学ぐらいでは、無理です。

さて、そもそも私がなりたかったのは、
普通の洋服のデザイナーではなく、
衣装デザイナーです。
だって、演劇が好きなんですから、それをやりたかったのです。
けれども、そういったたぐいの求人はチャコットぐらいしかなく、
とりあえず、舞台が関係あるという意味で、
コレクションをやっているブランドに就職したのです。
(ちなみに、ヨウジ・ヤマモトにも履歴書を出していたのですが、
その前に違うところから内定をもらってしまって、
しかもヨウジさんのところの試験が11月ごろで遅かったので、
取り消してもらったのでした)

下手に自分のブランドなんか持ってしまったら、
少なくとも半分ぐらいは、自分でデザインしたものを着なければならないでしょう。
私が見てきた女性のデザイナーはそうでした。
しかしね、
世の中には、自分以上の才能がある人がたくさんいて、
たくさんのものを差し出しているのですから、
本当の目利きだったら、そちらを選びたくなります。
自分のデザインした服ばっかり着るなんて、嫌です。
いいものがいろいろあるんだから、
お金があるならそっちを着たい。
本物を選び続けたい。

人生、そのときは点にしか見えないけれども、
俯瞰して見ると、
その点がつながって、今へとたどり着いていることがわかります。

まだまだコレクションは続きます。
そして、着てみたい服は、まだたくさん出てくるのです。

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