2016年9月14日水曜日

おじさんおばさんスタイルは洗練したらいいのではないか。

このあいだから、おじさんおばさんルックの違和感について考えていて、
1つわかったことがあるので、
今日はそれについてです。

私が小さいころから、
例えばELLEなんかを見てきたころから、
西洋の服というのは、つまり洋服というのは、
いつでもどこかしらセンシュアリティという要素が含まれていたのです。
セクシーまでいかなくても、センシュアルでないと、みたいな。
それをわかりやすく表現すると、
どこかでいつでも恋愛が始まるわ、みたいな、そんな雰囲気です。
それは相手が異性であっても、同性であっても構わない。

だから、女性が男装をするときは、
マレーネ・ディートリッヒのように、フェミニティを際立たせるために着るのです。
本気で男に見せるためではありません。
そして、それを素敵だなと位置付けるのが洋服の文化。

一方、日本のおじさんおばさんルックは、
セクシーとか、センシュアルはなしなんです。
恋愛とか、そんなもん、もう関係ないのです。
とにかくなにかセクシュアリティを感じさせるものはだめなんです。
それはいらないんです。
そのときに、です。
洋服には、何を着たらいいかという提案がないんです。
恋愛なんかもう関係ないです、
私ら、もうそんなのとは関係なく生きたいです、
というときに、ふさわしいスタイルが用意されていないのです。

仕方ないから、
ある一派はフラットカラーで、ウエストがない、少女スタイルへいき、
ある一派は、おじさん服を取り入れて、髪の毛は短く刈り上げ、
性別不詳スタイルへといきました。
ですから、それを洋服の文化を見なれた目から見ると、
なんとも違和感があるのです。

ではどうしたらいいかというと、
そこを洗練させていったらいいと思うのです。
ジェンダーレスじゃなくて、
セクシュアリティレスだと思います。
そういうのは、西洋にはないかもしれませんが、
うちらはそうですから、みたいな感じで、
洗練させていけば、何かひとつのスタイルができ上がるのではないでしょうか。

と、そこまで考えた、涼しい秋の夜でした。


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