2016年9月11日日曜日

中途半端な好きを選んだその先は。

現在はやめてしまいましたけれども、
出張で皆さんのおうちへ伺いファッションレッスンをしていました。
そのときの観察で、
大体、一間、ということは180センチ間口のワードローブにぎっしり、
+ハンガーラックが1つ、または2つというのが平均的な洋服の量である
ということがわかりました。
これは1人暮らし、または2人暮らしの場合です。
で、その中で実際に着ているのは二、三割。
残りは収納しているだけでした。
バッグもけっこういいのを持っているのに、
使っていないもの多数。
ジュエリーも、たぶん2万前後ぐらいで買ったものが、
30個ぐらいあるけれども、そのほとんどがしていないもの。
だから、着るものも、バッグも、ジュエリーもあります。
ただ、その多くが今着たくないもの、
またはどうやって着たらいいか、よくわからないものでした。

けれども、それらを捨てることはできない。
なぜなら、モノとして壊れていないから。
着ていないから壊れない、
でも着たい気持ちは起こらない、
今着たいものを買う、という循環にはまっているわけですね。

今着たくない理由はいろいろ考えられます。
着ても何となくかっこ悪い、
どうやって着たらいいかわからない、
着にくい。

着ても何となくかっこ悪いのは、多分もう古びれたか、気分が変わったから。
それを何となく感じている。
どうやって着たらいいかわからない、というのは、ただやみくもに買ってくるから、
今自分が持っている服とコーディネイトできないのです。
そういう服を今持っている服でおしゃれに見せるにはどうしたらいいかと、
私もよく聞かれましたけれども、そんなの私だって、無理ですよ。
それって、マンゴーでおでん作ってくださいって言うようなもの。できないです。

着にくいのは、どうやったって着にくいです。
世の中には着にくい服もたくさん売っていますから、
これは捨てるしかない。

モノとして壊れると、
私たちは気分よく捨てることができます。
穴があいた、
破れた、
バックルやファスナーが破損したなど。
これらは捨てるための立派な理由です。
だけれども、たくさん持っていて、1枚の着用回数が少ないと、
ここまでいかない。
モノとして壊れるためには、ある程度着なくてはなりません。
(猫が爪で引っかけたとか、以外は)

ある程度着るためには、
何回着ても好きだなと思える服を買わないといけない。
中途半端にいいと思った服は、中途半端にしか着ない。
で、多くの人が自分を中途半端なもので満たしています。

中途半端で満たすくせは、
人生の態度とも言えます。

食べるもの、
住むところ、
仕事、
学校、
付き合う人などなど、
中途半端な好きで済ませると、
おのずと選ぶ服も中途半端になる。
そして、どれも、続かないでしょう。
大好きじゃないと、続きません。
(好きでもないのに続けているのなら、それは苦役ですから、Mの人)

大好きだけを選ぶ人生は、戦ったり、努力したり、大変です。
簡単ではありません。

大好きを選ぶ人生と、
中途半端な好きを選ぶ人生、
どっちでもいいです。
選べますから。
好きにしてください。


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