2016年8月28日日曜日

旅のワードローブを振り返る



実は、もう長いこと旅行に出ていません。
(日帰りの飛行機での出張はあります)

まずは自分の病気、次は家族の介護と看護、そして今は猫5匹がいるので、
なかなか家をあけられません。
そんなことをしている間に、世界が不穏な状況になって、
少し残念ですが、来年あたりちょっとだけでもどこかへ行けたらなと思っています。

で、自分自身の旅のワードローブについて考えてみました。
実は最初が最悪だったのです。
正確に言うと、自分自身じゃなくて、同行者が、ですが。

28歳のとき、初めていったロンドン。
一緒に行ったのは、高校の演劇部の友達とその妹。
妹は最初ついてくる予定がなかったのですが、
途中から行きたいということで、一緒に来ることになりました。

12月だったので、私はヘルムート・ラングのウールのロングコート、黒いウールのパンツに、
アンクルブーツで、変な格好ではありません。
しかし、一緒に行った姉妹が、残念な姿だったのです。

当時、その友達の妹はガールズバンドをやっていて、ストーンズなんかをコピーしていたのでした。
ですから、スタイルがロックです。
で、その姉妹はそのロック・スタイルのままやってきました。
大き目で、なぜかよれよれの黒い革ジャン、重そうなバイカーブーツ、
ローゲージで黒と赤のボーダーのニットにミニスカート。
ロックというより、パンクなのか。
日本で見たとしても、ちょっと小汚い感じ。
そして、そんな2人と一緒にホテルの受付に行ったり、レストランに行ったりしたら、
まあ、なんというか、あからさまな冷遇です。
イギリスって、なんて冷たい国って、思ったものです。

そして、次の年、今度は大学のシェイクスピア研究会で一緒だった友達と、
ロンドンへ行き、ストラッドフォード・アポン・エイボンまで遠征して、
ロイヤル・シェイクスピア・シアターでシェイクスピアの「十二夜」を見るというテーマの旅でした。
その当時、その友達はもうコバルト文庫の作家でして、
シェイクスピア研究会の友達仲間でもダントツのお金持ち。
季節は9月でしたが、当時、サンヨーで売りだした、ヨージ・ヤマモトの真っ白なコートを着てあらわれました。
一方、私は、当時あった、June,July,Augustという、ちょっとしゃれたブランドの黒別珍のジャケットに、ギャルソンの金のメタルがはめ込んであるベルトをウエストにしめ、
7分丈の黒別珍のパンツ、そしてアンクルブーツといういでたちでした。
そんな2人でロンドンのホテルへ泊まったり、
ハーベイニコルスの最上階のレストランで食事してみたり、
エディンバラの駅の近くの立派なホテルへ泊まったりしたのですが、
大体どこでも親切にされました。去年とはえらい違いです。

そのときです。
これは、どんな格好をしていくかによって、えらい待遇が違うなということに気づいたのは。
そして、その後、今度はルレ・エ・シャトーというホテルグループに入っているような、
マナーハウスや古城ホテルに泊まるためイギリスに行ったときは、
もっと用心して、当時あった、マーク・ジェイコブスのセカンドラインのオフホワイトのコートに、帽子と手袋というスタイルにしてみました。
これは全然問題なし。

マナーハウスのホテルは、夕食つきのプランで予約していました。
そして、そのレストランにはドレスコードがありました。
といっても、ジーンズやスポーツウエアのままはだめだ、というレベル。
そのときは、ふうん、ぐらいにしか思っていませんでしたが、
今ならわかります。
そのレストランは、まず、暖炉のあるバーラウンジでメニューを決めて、
食前酒をいただき(といっても、私はアルコールは飲めない)、
次に、メインホールへうつって前菜とメインををいただき、
コーヒーとデザートはまた違うお部屋に移るという、
由緒正しいスタイルのものでした。
こんなところに、作業着やらスポーツウエアで来られたら、
レストランという舞台の景色が壊れますからやめていただきたい、
という意味だったのですね。
周りの皆さんはどんな感じかというと、
女性の皆さんはワンピースまたはロングドレス、男性はスーツ。
私もワンピースにイミテーションのパールのロングネックレスをつけてレストランで食事しましたので、
これも問題なし。気分よく食事できました。
(ちなみに、このホテル、真冬に行ったので格安料金でした。箱根の旅館と同じぐらい)

旅のワードローブも、
そのシーンに合っているかどうかが重要です。
風景、照明、周囲の人たち、
その中で自分がどういうふうに見られたいか、
それが決まれば、
おのずと決まってくると思います。

☆ 泊まったマナーホテルの動画です。


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