2016年8月16日火曜日

物語が生まれる場所

きのうは鎌倉で友達とずっとしゃべっていました。
お盆休みの最終日の人も多いようで、
街はものすごい人。
行列ができているお店が何軒もあります。
お昼はお友達が予約しておいてくれたのでよかったものの、
そうじゃなかったら、
簡単に食べられなかったでしょう。
それぐらいの人の多さでした。

江ノ島~鎌倉にかけて、
神社やお寺も多く、
海があって、林が残っていて、
けれども、しゃれたお店がたくさんあって、
明らかに都会とは違う時間の流れ方がしていて、
そんなところでは、
物語が生まれそうです。

印象的だったのは、
都会のカフェでよく見る、
ずっとパソコンやアイフォンを見続けている人がいないこと。
物語が始まってしまって、
しかもその登場人物が自分や相手ならば、
情報を拾う以外の目的で、
パソコンやアイフォンを見続ける必要はなくなります。

帰りに乗った江ノ電の車内に、
鎌倉文学館のつり広告が出ていて、
小学生ぐらいの女の子が、
「あ、あれ、○○ちゃんだ!知っている」と指さして叫んでいました。
今はちょっと弱いと思うけれども、
ここは文学や映画の地でもあったのです。

古いものと新しいもの、
文化とカフェ、
海と小さな山など、
その混ざり具合が絶妙で、
こういうところにこそ、未来があるのではないかと思います。
もちろん、そこには人が自由に集まらないといけませんが。

帰りは江ノ電を江ノ島駅でおりて、
海岸まで散歩。
もう夕方であるにもかかわらず、
まだまだ多くの人が江ノ島へ向かっています。

鎌倉も江ノ島も、
昔はこんなに人が集まってはいませんでした。
こんなになったのは、ここ10年ぐらいのこと。
年々多くの人が訪れるようになっています。

どこでも同じ景色、同じショップ、同じカフェの都会にあきた人や、
逆に、どこまでも続く田舎の風景に耐えられなくなった人たちが、
集まってきているのかもしれません。

いろいろな価値観がミックスされているところでこそ、
未来の展望が持てる、
物語が生まれます。
そこは画一的であってはだめなのです。
だんだんとそのことに、
多くの人たちが気づいているのではないでしょうか。

ついでに言うと、
いくら物語が生まれる場所に来たとしても、
行動しないことには何も変わりませんから。
考えているだけの人は、何も行動していないのと同じです。



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