2016年8月31日水曜日

カフェで本が読めない

私はカフェで読書ができません。
きのうは、私にとって非常にストレスのかかる用事を1つ済ませた後だったので、
駅の近くの大きな窓のカフェで休憩することにしました。

きのうは待ち時間があると予想される用事だったので、
珍しく、バッグには須賀敦子の「トリエステへの道」を入れておきました、
待ち時間に読もうと思って。

カフェに一人で入って、
注文したものがやってくるまでの間、
本を読もうと思ったのですが、これが全然できない。
なぜできないかというと、理由があって、
私は視覚情報優先の性質だからです。
カフェみたいなところに入ってしまうと、
入ってくる人、
窓の外を通り過ぎる人、
並んでいる売りもの、
ウェイトレスさんの動き、
すべて気になって、読書に集中できないのです。
たぶん、よく多くの人がやっている、
カフェでパソコンを開いての仕事もできないと思います。
とにかく集中できない。

カフェで読書をしたり、仕事をしたりする人は、
私のように視覚情報が優先ではない人がほとんどです。
たぶん、視覚よりは聴覚なので、
ヘッドフォンをつけて何か音楽を聞くか、
耳せんをしているか、どちらかでしょう。
聴覚情報さえシャットアウトすれば、こういった人たちは集中できます。

しかし、私のように視覚優先だと、
アイマスクをするわけにもいきません。
そうしたら、読書になりませんから。

旅行先にも本を持っていってはみますが、
読書ができたためしがない。
外国の電車なんていったら、
見るものが珍しいばっかりで、何かを読んでいる場合じゃありません。

それでも暇つぶししたいとき、
一番いいのは、好きな音楽を持参して、
それを聞きながら、街ゆく人をぼーっと眺めること。
ぼーっと眺めていれば、目の中にどんどん記憶されていきますから、
後から引きだすことができます。

きのうも須賀さんの本、結局、読まずじまい。
けれども、この本はもう何度か読んだ本なので、別にいいのです。

私のように、視覚情報が優先の人は、ほかにもたくさんいると思います。
そうした人たちにとって、本を読むには、見慣れた視覚情報しかない場所が一番です。



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