2016年7月4日月曜日

「わからない」という視点から出発しないと罠にはまる。

もう100年以上前、ジグムント・フロイトは、
患者さんの症状の原因を突き止めるのに、
「患者の話を真に受けて聞いててもだめだな」と、思いました。
そこでフロイトが思いついたのが夢について聞いて、それを分析すること。
その人の夢の中にこそ、その人の本心があると考えたのです。

ユングはフロイトに出会います。
そして、夢の中にこそその人の本心があるという考えにいたく感激しますが、
何かそれだけでは足りない、
そしてほとんどの症状の原因を性の抑圧のせいにするのもいかがなものかと、考えました。
そこで、ユングは患者さんたちに絵をかかせてみたり、
物語を語らせてみたりして、どうやら、人間の心の奥底には「アーキタイプ」と呼ばれる、
恐ろしい母親、夢見る若者、賢者など、
いろいろな人物像があるらしいと気づきました。
そしてそうしたアーキタイプがうごめく心の世界を「無意識」と呼びました。

それから時代がさらに進み、
ユング心理学を進化させたトランスパーソナル心理学という分野が誕生し、
その中心人物でもあったアーノルド・ミンデルは、
症状に話を聞くという手法を考えつきました。
例えば、耳鳴りがするのなら、その耳鳴りになにが言いたいのか、
なにが表現したいのか聞いていきます。
なぜそんなことをするのかと言えば、
その症状の持ち主である本人は、なぜそれが起きているか、
考えてもわからないからです。

トランスパーソナル心理学から出発し、
今ではそこを離れ、独自の統合心理学を提唱するケン・ウィルバーは、
著書の中でこう言っています。
「あなたが「自分」として見たり、考えたり、感じたりするものは、「エゴ」と呼ばれる
知覚の対象の複合体である。
見られているものはエゴであり、見るということを行っているのは「心」である。
わたしたちは、見ることのできるさまざまな対象、例えばエゴ、ケンタウルス、ペルソナその他を
自己とみなしてしまう。
したがって、それ以外の現象、顕現とは同一化しない。
わたしたちは、こうして、あたかも自己以外のように見えるものから、
切り離されるのである。」
ケン・ウィルバー 『意識のベクトル』

なにが言いたいのかというと、
自分で自分のことを考えても、見つめても、
自分のことはわからないということです。

私たちが出会いたいのは、見られているエゴではなく、
その見つめる本体です。
「私はどうしたいのだろう?」と聞いて答えるエゴではなく、
その問いを発した観察者です。

自分の中に入って、自分を見る、問う行為を突き詰めれば突き詰めるほど、
このエゴの罠にはまります。
そうして出た答えは、エゴを喜ばせるものであって、
ユングの言うところの「セルフ」からのものではありません。

100年以上もかかって、多くの先人たちがどうやったら「セルフ」に出会えるのか、
その方法を探しているのですから、
それに出会うのは容易なことではありません。
それでもなお、自分でできることはないかと言ったら、
自分の内側ではなく、
自分の周囲に起きている現象を見ることだと思います。
例えば人間関係や経済状況、部屋の様子、買ったもの、家具の配置、選んだ色。
それが教えるものは何なのか。
それを見つめる自分より高い視点を持つこと。
それが今、自分でもできる、数少ない「セルフ」を知る方法です。

☆上條さんという漫画家さんのフリー画像です。


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