2016年7月31日日曜日

見る目、聞く耳を養うこと

あらゆる芸術の価値は、
どれだけ自分を明け渡したか、
そして、その状態で演奏、演技、制作したかで決まります。

演奏や演技をする人だったら、
演奏や演技に「自分」を入れてはいけません。
楽譜やせりふは自動的に出てくるように、
何度も何度も練習して、身体にたたき込みます。
そういう練習をすると同時に、
「自分」を捨てる、「自分」を超える状態に入る訓練をします。
芝居だったら、それを役になりきると呼びます。
音楽や絵画の制作者なら、
「神がおりてきた」と言うかもしれません。
もちろん「精霊」や「女神」でも構いません。

私も演劇部を10年弱やっていましたので、
いつもこのことについて考えてきました。
クラブですから、お金のためではありません。
ただ、好きだからやっているだけです。
好きという理由だけで、
この難しい状態に入っていく訓練を繰り返します。
これはちょっとやそっとのことで、できるようにはなりません。

音楽家や画家や作家も、
最初は好きだから、
もしくは、やらないではいられないからそれをやるでしょう。
間違っても、お金のためとか、
地位と名声のためとか、ではありません。

お金のため、地位や名声のためと言った時点で、
もうそこに「自分」が入っています。
その時点でだめです。
終わりです。
そんなものは、「偽物」です。

魂の栄養になるような演奏、演技、作品は、
こういったたぐいのものですが、
それは世の中に決して多くはありません。
また、必ずしも多くの人に支持されているもの、でもありません。

モーツァルトやベートーベンなど、
ごく少数のものは多くの人から支持されていますが、
例えば、ゴッホのように、最初は誰にも認められていない場合もあります。
認められるのに時間がかかるものも、多くあります。

偽物が多くはびこっている世の中で、
本物を見つけるのは大変です。
「地位や名声」は、指標にはなりません。
(もちろん、結果的にそれがついてくることはあります)

偽物に惑わされないように、
まだ多くに支持されていないものの中にもそれを見つけるためにも、
やるべきことは、自分の精進のみでしょう。
演奏者、演技者、制作者でないのなら、
見る目、聞く耳を養うこと。
そして、何としてでも、
偽物に、だまされないことです。

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