2016年5月22日日曜日

五感を喜ばせるための消費

例えば、味覚を満足させるために、
「おいしい」を追いかけます。
だけれども、五感の欲望には限度がありません。
その「おいしい」の追求はどこまででも続きます。

そのどこまでも続く「おいしい」の要求は、
消費によって行われます。
「おいしい」を追求して消費します。
ケーキを食べる、
もっとおいしいケーキを知る、
もっともっとおいしいケーキを知る・・・
と、五感を喜ばせるための消費活動を始めたら、
お金が続く限り、それは終わりません。

五感の喜びは否定しないけれども、
それは「消費」にとらわれるという罠を持っていて、
結局、その中でぐるぐる回っていて、
どこにも辿りつかないという人が多いです。
それでも、もちろん生きていけるのですけれど。

芸術や文化などというものは、
本当は消費して、捨て去られるものではなく、
その人の精神の血肉の形成に貢献するものです。
繰り返し読まれるテキスト、
繰り返しみられる絵画などはそのいい例です。
それらは決して消費されません。

またそこには、
五感を喜ばせるための消費にとらわれてしまった人たちの持つ、
独特のがつがつした感じがありません。
精神、サイケ、
そしてスピリットに関しても、
消費されない分野の保持と育成が必要だと思います。

それができたなら、
人から何かを奪おうとしたり、
いつまでも不満足だったり、
なにをしていいかわからなかったりしないと思うのです。

誰かから奪わなくても、
消費しなくても、
欲しいものはすぐそこにあるということ、
それを知っているということ、
その境地にすぐになれるということ、
そのために瞑想したり、歩いたり、走ったり、音楽を奏でたり、
絵をかいたり、そんなことが有効です。

探したって、買うことはできませんから、これらは。
消費できませんから。
で、その消費できないものこそが、
みんなの一番欲しいものなんだと思います。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。