2016年5月11日水曜日

すべての人の意見なんて、取り入れられない

例えばテレビドラマがありますね。
今はどの番組でもHPが作られています。
その中に「ファンからのメッセージ」みたいな、
視聴者の人たちがそれぞれ感想を書いた欄があります。
それをちょっと読んでみてください。

どうでしょうか?
みんな、それぞれ、好き勝手なことを書いていませんか?
ある人は、あのシーンがよかったといい、
ある人は、その同じシーンはいまいちだったと言う。
そしてある人は、あの衣装が似合うといい、
またある人は、その同じ衣装は似合わないと言う。

例えば、製作サイドがこの意見をいちいち取り入れたらどうなると思います?
そのドラマはめちゃくちゃになり、
結果は失敗です。
すべての人の意見を取り入れるなどということはできませんし、
やろうとしたら、それは失敗になります。

以前から何度か試みられている、
視聴者の意見を取り入れてドラマのあらすじが決まるスタイル、
あれは結局、定着しません。
なぜか。そんなドラマは面白くないからです。
DVDになってから、売れることもないでしょうし、
繰り返し見直されることもないでしょう。

ただし、これも人生の態度であり、選択です。
すべての人の意見を取り入れようとして生きる生き方と、
自分の意見をしっかり通して、誰かの意見は参考程度にとどめる生き方、
それは選べます。

私は、すべての人の意見を取り入れて、いいものなどできないとわかっているので、
その方法は選びません。
けれども、すべての人、関係ない人の意見までも取り入れようとする人の選択は、
尊重します。
それはその人の人生なので、その道がよいのならそうすればいいです。
私は邪魔はしません。
けれども、同時に私も私の選択を邪魔されたくはありません。

例えばブランド。
マーケッティングと称して、
不特定多数の意見を取り入れたブランドは、
最終的に面白味がなくなって、消えていきます。
もはや、それはデザインではありません。
製作意図など消えてなくなります。
でも彼らがそれを選ぶのなら、しかたないでしょう。
そしてそのとおり、その道を選んだ、
ブランドたちが、ショッピングモールあたりにたくさんあります。
彼らが手に入れたのは、凡庸さ、つまらなさ、代替可能さ、ありふれた感じ、
そして、才能の欠如の露呈です。

私がファッションレッスンでお伝えしているのは、
自分が人生の主人公であり、演出家、脚本家、衣装デザイナーであるということです。
そして、観客一人一人の意見など、取り入れる必要はないということ。
なぜならそれは不可能であるし、
やろうと試みたところで失敗するからです。
そんな収拾のつかない人生を送る必要はありません。
(というか、これは逆に危険だと思う)

もし、すべての人の意見は重要だから取り入れるべきだという人に出会ったなら、
ただその人を観察すればいいでしょう。
その結末がどうなるか、
見ていればいいだけ。
どうなるかは、おのずとわかりますから。


☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。