2016年3月16日水曜日

主役を取り返すべし

きのういらっしゃったクライアントさんが、
4月に絵の展示を行うとのことで、案内のハガキをいただきました。
とてもすばらしいことです。

フェイスブックを退会して数カ月、とても清々した日々を過ごしておりますが、
あれは一種の強制的観客化システムで、
1度どこかで会っただけなような、
単なるネットの友達の、食べたものだの、買ったものだの、
はては、「今日は風邪で具合が悪いです」だの、
どうでもいいニュースがどんどん上がってきて、
「いいね」、つまり拍手を要求されます。

拍手などというものは、それなりの努力や費やした時間の結果に対しておくるもの。
芝居やスポーツの試合ならまだしも、
なぜにかまってちゃんの「具合が悪い」にまで要求されるのか?
私たちは、その「いいね」をクリックするごとに、
強制的に拍手をおくらなければならない観客にさせられます。

どう感じるかは人によるでしょうが、
私など、なんでそんなの知らされなきゃいけないの?
そして「いいね」をクリックしなきゃいけないの?と思うので、
この強制的観客化がとても苦痛なわけです。

私がファッション・レッスンを教えるときも、
どこで自分が主役なのかを考えてくださいと、
まず言います。
脇役の衣装などいりませんから、
結婚式に呼ばれたときでもない限り、主役としての衣装を考えます。

ただ、実際の日常は、そうはいっても常に主役はなかなか難しい。
仕事も常に請負仕事だったり、
制服があったりしたらなおさらのこと、
主役という感じはない。
道を歩いているとき、電車に乗っているときも、
とくだん主役というわけでもありません。

だとしたら、自分で自分の舞台を作ってしまえばいいのです。
それは本当に芝居やコンサートをやるという意味ではなく、
例えば、自分で企画してパーティをやるとか、
お花見会をやってみるとか、
なんでもよい。
今の世の中、自分からそういうシーンや場を作っていかないと、
常に観客であることを要求されますから、
どう考えたって、それは面白くありません。

それとあと注意する点は、
テレビドラマやマンガの見過ぎのためでしょうか。
何かの抜擢を待っているだけの人が多い気がします。
待っていたって、きません。
またもし万が一きたとしても、
努力を怠ったり、安易な道を選んでいたりするならば、
次はもうないです。

確かにそんなことをやったところで、
お金にはなりません。
なるとしても、大した額ではありません。
だけれども、死ぬ時振り返るのは、
自分の人生のすべてのシーンです。
そのシーンが観客席にいるばかりだったら、どうでしょうか?
さぞかし後悔するのではないでしょうか?

いや、別にやらなくてもいいんですけれどもね。
できる人はやったらいいのではないでしょうか、
ということです。

☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。
☆3月27日(日)ワークショップ「初めてのアサーティブ・コミュニケーション」参加者募集中です。
詳しくはこちら
☆5月5日子どもの日、シェイクスピア没後400年 コンサート「Heroines-シェイクスピアのヒロイン達-」のお知らせはこちら