2016年1月18日月曜日

売っている服が似ている。

もう春もののニットを着てもよいと書いた次の日に雪です。
さすがに今日は寒いです。

さて、このところ、ドメスティック・ブランドと言われる、
日本のあまり有名ではない、
こまごまとした小さなところの洋服をつらつら見ていたのですが、
とにかく似ています。
ブランド名とか関係なく、なんだかみんな同じ。

現在、かつてないほどの量の服が売られているし、
ブランドの数だって多いです。
インポートもありますから、
需要に対して供給過剰です。
それなのに、売っているものが似すぎています。
その結果、みんな、何となく同じ格好になってしまう。

昔、そう、例えば2000年より前は、
誰かと「かぶる」などということは、ほとんどありませんでした。
似ている2人、ぐらいはあったかもしれないけれども、
通り過ぎる人、みんな、何となく似ている状況は起きてこなかった。

ファッション・レッスンをするときに、
どういうスタイルになりたいのか、
なりたいスタイルの写真を切ってもらうのですが、
その結果がどうしても似てきます。
いいとか悪いとかいうよりも、
今はそういう時代です。

ただ、前にもどこかで書いたけれども、
似たような格好だと、素の部分が目立ちます。差がつきます。
スタイルのよさとか、
若さとか、
そんなところに目がいきます。
みんなが一粒ダイヤのペンダントをしたら、
そのダイヤモンドのクオリティで差がついてしまいます。
一番だけがいつも輝いて見えます。

実は、なりたいスタイルと、自分の人生をどうしたいかはリンクしていて、
なりたいスタイルがはっきりしない人は、
人生でどうしたいのかもはっきりしていません。
誰か、何かと同じであればあるほど、
自分の人生をどうしたいのかもはっきりせず、
ぼんやりしたものになります。
「これ!」という人がない人は、
人生についても、「これ!」というものがありません。

これだけ似たようなものが売られていて、
それでも何とか成り立っているということは、
今はそういう人たちが多いのでしょう。

これは安全なのでしょうか?
私は、ここに危機感を感じるのですけれど・・・
同じであることのリスクに、
そろそろ気づいたほうがいいのではないかと思います。


☆「ファッション・レッスン」「インテグレート・ヒーリング(キネシオロジー)」等、各種セッションのお知らせはこちらです。