2015年12月18日金曜日

幸せの状態にいること

ここ最近の幸せ感が半端ないです。
でもこれが何かを得たからでは、
全くないのです。
そしてこれは長い時間かけて、自分と向き合って、
自己ヒーリングしてきた結果です。

私は多くの人が思う幸せの条件に必須なものは、持っていません。
大金持ちでもないし、
社会的地位もないし、
幸せな結婚をしている、とかでもないですし、
たくさん服やバッグも持ってないですし、
車もないですしとか、
いろいろないものだらけです。

ものも人もすべて失われる。
それを幸せの基準にしているかぎり、
それははかないです。
手放したくないので執着が生まれます。
その幸せは、恐怖に裏打ちされます。

けれども、何かを持っていることに依存する幸せでなければ、
恐怖はついてきません。
失いようも、奪いようもないもの。
それが一番最強です。

失う恐怖がないって、すばらしい。
そしてそれこそが、
もっともなりたかったもの。

毎日の日常に嫌な出来事が何も起こらないわけではありません。
それは何かしらあります。
けれども、それはすべて通り過ぎます。
一瞬、感情は動くけれども、
でもそれは奪えない。
なぜなら、私の幸せは奪えないものに依拠しているから。

生存権がおびやかされない限り、
この幸せは続きます。

この社会は、
幸せとは何かを得るものだと、
ずっとアナウンスし続けるけれども、
そんなことはないって、
今ならわかる。
そして、その間違った前提があるから、
なかなか幸せになれないのだとも気づきました。

仏教はこれを「サマディ(三昧)」と呼んだ。
それは何をしていても、
誰かといてもいなくても、
アクセスできる幸せの感覚です。

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