2015年12月1日火曜日

捨てるということの本当の意味

「片付け」も「シンプル」も、
何か捨てるということが目的の1つだと思います。
目指すところは禅寺のような空間。

ものを捨てるとき、
一緒に捨てるべきなのは、
「これがなくては生きていけない」という執着の心。
だから、捨てるとは、一種、仏教の教えと重なるところが多いです。
執着と煩悩を捨てるということ。

では、どんどん捨てていって、
どうするかというと、
入ってくるのを待つ、ということです。

どこから入ってくるか、
それは上からです。

アーチストは、さんざん練習なり訓練をして、
本番でからっぽの状態を作るようにします。
上からの啓示を待ち、
その啓示にこたえられる自分を作り上げるのです。
そのためには、身体が自動的に動かなければなりません。

同じことを生活全般に広げるために、
まずは捨てる。
なぜなら、それまで自分が持っていた執着と煩悩は、
いわば二流品だからです。
本当に最上なものは、
「上」からやってくる。
天使の階段をおりてくる。

「好き」という気持ちには、理由がない。
理屈で好きになるのなら、
もうそれは「好き」とは違います。
その理屈も理由もないものに、
自分を明け渡す。
その行為は、罪ではありません。

常にからっぽの状態を維持するのが重要です。
だから、入ってしまったら、
出さないといけない。

新しく買ったら、
古いものは捨てないといけません。
同様に、新しい考えが入ってくるなら、
古い思考や信念も捨てなければならない。

なんでそんなことをするのかと聞かれたら、
それが最上だから。
そしてたぶん、
この世で経験することができる、
最上の幸せだから。

最後まで詰めていなかった、キッチンの片付けを再開したら、
まだ、なんでこんなもの持っているんだろうというものがありました。
新しい段階になったら、
必ず古いものはいらないとわかる。

そして、
まだまだ古い感情や記憶、思考や信念が残っていて、
それが私の人生のある部分を停滞させていました。
それはこの前、セッションで取り除いた。

以前、このことは考え方としてはわかっていなかったけれども、
今は「それ」を生きているので、
実感としてわかります。

残りの人生、
できるだけ最上を経験したい。
そのためなら、
どこまでも捨てます。

そうだ。
シモーヌ・ヴェイユの言う「重力と恩寵」ってこのことだね。
どれだけ重力から離れ、
恩寵を受け取るか。
ああ、そうだな、きっと。

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