2014年8月9日土曜日

旅で何を着ていたのかという記憶

今年も残念ながら、どこへも旅には行けそうにないので、
旅のワードローブの更新は不可能なのですが、
きのうは、最初に海外旅行へ行ったとき、
どんな服装だったのか、思いだしてみました。

20代の終わりごろで、
例のアパレルブラック企業をやっと偽の寿退社で辞めた後だったのですが、
体力的にはどん底で、辞めて1カ月は家で寝ているだけで、
外出もままならない状態でした。
それでも、どうしても行きたくて、体調が悪いのをおして、
友だちと12月のロンドンに行くことにしました。
最初はその友達と2人で行く予定だったのですが、
途中で、その友達の妹も一緒に行きたいということになり、
3人で行くことになりました。

彼女たちは、当時、阿佐ヶ谷に住んでいました。
友だちの妹はロックバンドを自分でやっていて、吉祥寺のライブハウスに出演していたりしていて、
服装は、高円寺や阿佐ヶ谷にたくさんいるロック好きの若者そのものでした。
そして、友だちとその妹は、阿佐ヶ谷の日常と同じスタイルでやってきました。
すすけた革のジャンパーに、ごつくて重そうなエンジニアブーツというスタイル。
(途中で靴が重くて歩けないと言っていました)
ローゲージのモヘアかなんかの、大き目のずるっとしたニットを中に着て、
タイツにミニスカートみたいなスタイルでした。

そんな2人とロンドンのラッセルスクエア駅の近くのホテルにチェックインしたのですが、
対応の悪さにびっくりしました。
やっぱりアジア人っていうだけで、差別されるんだと感じたものです。

で、私はどんな格好をしていたかというと、
ヘルムート・ラングの黒いウールのコートに、
インナーは、
プルックというフランスのブランドの真っ赤なニットにニコルの凝ったツイードのパンツ、
または、イタリアのブランドの黒いリブニットにギャルソンのパンツ、
それに、黒別珍でシングル、袖がパフスリーブでカフスのついた、
今はもうないJune,July,Augustというブランドのジャケットに黒別珍の七分丈で少しフレアのパンツに、ゴールドのメタルがところどころについているギャルソンの黒革ベルト、
靴はヒールのあるアンクルブーツ、そして黒いヴェルヴェットの帽子、革の手袋、みたいな感じでした。
20代ですから、こんなもんでしょう。これ以上は無理です。
これでなんだか冷たい待遇を受けるなら、仕方ないと思いました。

友達はその当時、音楽事務所に勤めていて、
旅の途中でロンドンに住んでいる日本人のミュージシャンに何か届けるということでした。
私は関係ないので、一緒には行かないつもりでしたが、
一緒に行ってと言うので、ついていくことにしました。
場所は地下鉄でセブンシスターズという、なんだか素敵な名前の駅の近くです。
時間は3時半ぐらいだったと思いますが、日が短くて、
どんどん暮れていきました。
そんな中、セブンシスターズという見知らぬ街で、日本人ミュージシャンの家を探したのですが、全然場所がわからなくて、途中、街の人に聞いたりしたのですが、
そこでも、なんとなく冷たい視線を感じました。
というか、そこはどうも移民の皆さんが多い街で、ロンドンの中心部とは全然雰囲気が違うのです。
けれども、今考えたら、こっちも相当あやしい3人なんで、冷たくされても仕方ありません。

やっとなんとか見つけて着いて、友だちは渡すものを渡して、
それで私はすぐに帰るものと思っていたら、
友だちとその妹は、そのミュージシャンの家にもう少しいると言います。
私は知り合いでもないので、いる理由もないと思いましたが、
こんな雰囲気の悪い街で一人になるのも嫌だったので、
一応、私も一緒にいてもいいのかどうか聞きました。
そうしたら、その妹が即座に、
「小林さんは関係ないからホテルに戻れば」と言って、
手で私の腕を押したのです。
その光景は今でもありありと覚えています。

仕方ないので、とりあえず頑張って、地下鉄の駅までたどりつけば何とかなると思い、
暗くて、雰囲気の悪い街を必死に地下鉄の駅まで歩きました。
10分ぐらい歩いたでしょうか。地下鉄の入口が見えてきたそのとき、
誰かが小走りで後ろからついてくるのがわかりました。
私は振り返らず、半ば走って、地下鉄の駅を目指しました。
けれども、まだ誰かが私の後をついてくる音が聞こえます。
こんなところで絶体絶命は嫌と思い、
走って、地下鉄の駅の階段の入口までたどり着いたそのとき、
後ろから、
「Hey!」という声が聞こえました。
驚いて振り向くと、
移民の若いお兄さんが私に何か紙を差し出しました。
その紙をよく見ると、
私がバスのルートをメモした紙でした。
どうやら途中でその紙を落としたらしいのです。
彼はその紙を私に届けてくれたのでした。
私が小さい声で、
「Thank you.」と言って、その紙を受け取ると、
そのお兄さんは走って戻っていきました。
きっと彼は、大事なことが書いてあるメモだと思ったのでしょう。
ありがたいのですけれど、このシチュエーションの場合、
そんな紙をわざわざ届けてくれなくてもよかったです。

やっと地下鉄に乗って、もう二度とセブンシスターズには来ないと心に誓って、
明日からは彼女たちと別に行動しようと決意しました。

次の日、私は1人でロンドンの街へ出かけました。
出かけたといっても、行くのは美術館か博物館でしたけれど、
途中で何か買ったり、お茶休憩したりしました。
そうしたところ、それまで感じた冷たい視線を一切感じなくなりました。
それどころか、別珍ジャケットとパンツ、帽子にジャケットの上からゴールドのメタルベルトをして、
ラングのコート姿で街を歩いていたら、
知らない人から時間を聞かれたり、道を聞かれたりしました。
(それ以降の旅でも、なぜか私は誰かに道やら時間やら聞かれます。方向音痴なんですけど)
90年代後半の当時、ロンドンはまだ不景気で、街の人はそんなにきれいな格好はしていませんでした。
ヘルムート・ラングのコートの私は、明らかにきれいな格好の部類に属していました。

ホテルの人の対応の悪さは、
私の友達と、その妹のスタイルによるものでした。
彼女たちは、見方によっては、観光ビザで入ってきて、
不法に労働する移民のようにも見えました。

その最初のロンドン旅行を教訓に、
とりあえず、ホテルにチェックインするときまでは、
手抜かりない服装で行くことにしています。

ほんのちょっときれいにしただけで、
対応が雲泥の差なら、きれいにしたほうがいい。
そして、旅で何を着ていたか、
その後もずっと覚えているわけですから、
思いだして気分がいいものを着たほうがいいです。
何を着ていたかも含めてが、旅の思い出です。

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