2014年7月31日木曜日

死ぬまでに着たいもの

いいなと思ったり、着たいなと思う服は、
日常着でないものが多いです。
とてもいい、欲しいけれども、一体これをいつ着るのと考えてしまうと、
買えなくなります。
そういう服は少しはあってもいいけれども、
たくさんはいらない。
あったとしても、どうせ着る機会がないので、着ないし。

子供のころは、ピアノの発表会とか、夏の旅行とか、
何か機会があるごとに、それようのワンピースなんか買ってもらいましたが、
今はそういう機会を自分で作りでもしない限り、
何かのために服を買うことはありません。

そういう日常の行動の問題に加えて、
311以降、社会や世界が不穏なので、
何もかも忘れて楽しむ、特に着飾って楽しもうとは、
どうしても思えません。
それどころじゃない状況が世界や日本のあちこちで起きていて、
ファッションにうつつを抜かしていることに罪悪感を覚えます。

かといって、私がよく言う、
死ぬ間際になって、
「やっぱり私、バイカージャケット着たかった・・・」
なんて思うのも嫌なので、
そこそこに自分の着たいものを着ないと、
着る時期というか、自分にとっての着る旬を逃してしまいます。

去年までは死ぬ間際になって、
「やっぱりニーハイ・ブーツはきたかった・・・」と思いたくなかったのですが、
ニーハイ・ブーツは去年やっと手に入れて、
たいそう気に入って、お出かけのときはそればかりはいていたので、
それはそれでよかった。

死ぬまでに行きたい場所と同じように、
死ぬまでに着たいものというのがまだあって、
それの手に入れ時はいつがいいかと考えると、
そんなに放ってもおけない。
なぜなら、観光地と違って、服は自分の肉体あってのものですから、
おばあちゃんになってからバイカージャケット買ってもしょうがない。

若い人たちが、ミニスカートやら、ホットパンツをはきたいなら、
それはそのときにはいたほうがいい。
それはやはり似合う時期があるから、そのときに着たほうがいいです。

世界なんて関係ない、
今ここで楽しければいいという人たちもいますけれども、
私はそうはなれない。

世界の問題だけではなくて、
自分の仕事とお金とか、家族とか、病気とか、もっといろいろあって、
その中で、純粋に着ることを楽しむことができる時期なんて、
ほんの少し、またはないのかもしれません。
だとしたら、死ぬまでにどうしても着たいものがあるなら、
着てしまったほうがいいでしょう。
この時代、この肉体で生きるのは、たった1度きりですから。


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