2014年7月17日木曜日

いつもそこにある関係

人間は変化を望むものであるのと同時に、
いつも同じことや人が同じように続くのも望むものです。

数は少ないですが、いくつか楽しみにしているブログがあります。
毎日アップしているので、それがあるとほっとするというか、
安心します。
これが続くと、内容がどうのこうのより、
たとえ3行でも何か書いてあって、
そこにいるんだな、今日もパソコンに向かっているんだなという存在が、
うれしく思います。
で、その中のお一人が2日ほど、ブログのアップがないので、
なんだかちょっと心配です。

すごく好きなドラマがあって、
それをいつも見ていて、
それが終わってしまうと、
そのキャラクターに会えなくなるのがさびしくなる。
ラジオも同じ。
同じ時間、同じ人がしゃべって、曲をかけてくれるのがいい。
で、それが何年も続くのがいいです。

毎日の人生の中のある一定の部分が、
いつも同じもので固められているというのは、
安心感があります。
もちろんあまりにも硬直してしまう関係だと、
それは足かせになるのですが、
いつも同じようにあいさつする関係というのは、
人間が関係の中で成り立つ動物である限り、
必要なのだと思います。

現代は急速に関係が分断された結果の社会です。
半ば意図的に、半ば自然に、関係がきれぎれにされました。
地方の商店街の消滅によって地域の、
正規、非正規、パート、アルバイトなどの区分けによって仕事場での関係が、
なくなっています。
そしてそれを「自己責任」という1つの概念が強化してきました。
(今に生まれたことも自己責任とか言われそう・・・。
赤ちゃんに自己責任で育ちなさいとか。)
なぜ分断化されたかというと、
そのほうが経済が回るからです。
みんながそれぞれ一つずつ持つほうが、
お互い貸したり借りたりする共有する社会よりも、消費が激しいのです。
経済至上主義者は「シェア」を憎みます。
その結果が今です。
要するに、壊れちゃって、もうないんです。

ないのですが、社会的な存在である人間は関係を求めます。
私が毎日、同じ人のブログを訪れるのもそのため。
壊れているなら、自力で作るしかありません。
それぞれがそれぞれの場で何か作ればいいと思います。
上下関係がなくて、お金の多寡で判断されなくて、
(もちろん結婚してるとかしてないとか、子供がいるとかいないとかで判断されなくて)
ゆるいけれど、つながっていて、いつもそこにある関係を作らないと、
みんな病んでしまいます。

ただ、そこで、私はお金を持ってるからあなたと違うわ、
みたいなことを言う人が出てきたら、
その関係は続きません。
彼ら、彼女らは関係のクラッシャーです。
クラッシャーはクラッシャー同士、集まってもらいましょう。
それはそれでいいでしょう。

今必要なのは、仕事、収入、年齢、結婚しているかどうか、
その他もろもろの属性で区別されない、
ゆるやかで、長く続く関係だと思います。
それがあると、みんなもう少し強くなれるのではないでしょうか。


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