2014年7月13日日曜日

言葉より象徴

残念ながら、こちらのブログも、メインのおしゃれブログのほうも、
言葉のみで表現しています。
ですから、服装についてすべて伝え切れていません。
服は「言葉」なのか、「象徴」なのかと聞かれれば、
はるかに「象徴」に近いです。

ただ、「言葉」の部分がないわけではありません。
記号化されたものは「言葉」に近いし、
「言葉」そのものが服に書いてあるものもあります。
そうなると、その服は「言葉」に近いです。

言葉は象徴から生まれます。
言葉の母体は象徴です。
ですから、豊かで、力があるのは象徴のほうです。
服装の言葉の部分が強調されればされるほど、
象徴としての力は奪われ、
貧しくなります。

象徴は無意識レベルに訴えます。
私がファッションレッスンをやるときに、
雑誌を切り抜いて、好きなスタイルを選んでもらうのですが、
考える前に選んでくださいといつもアドバイスします。
そうすると、自分が考えていたものとは違うものを結果的に切り取る方が多いです。
そして、切り取ったものを見て初めて、
ああ、自分はこういうものが着たかったのか、
こういう色が欲しかったのかと気づきます。
言葉、つまり思考で選んでいたものより、
無意識レベルでの選択のほうが力強いのです。

本当に人の心を動かすためには、
言葉では弱いです。
「おしゃれだな」と、無意識層に働きかけるには、
シンボリックでないとなりません。

思考、観念、主義へ傾けば傾くほど、
分析可能で、人の心に訴える力はなくなります。
たぶん、芸術全般にそういうことが言えると思います。
スポーツもそうかもしれません。
思考だけではうまくいきませんから。
無意識レベルに届く表現は残ります。
何百年も前の絵画で今でも残っているものは、すべてそういうものです。
そうでないものは、淘汰されます。

「言葉」を超えるものに届くにはどうしたらよいのか。
それがいつも課題です。

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