2014年7月11日金曜日

なんでも簡単には見つからないです

簡単、手軽、早いがよいとされるようになって、
もう随分たちますが、
何でも簡単、手軽、早く手に入るわけではないってことは、
これを読んでくれている多くの人たちは理解していることと思います。

ブログの検索ワードを見ていると、
「何にでも似合う靴」
「何にでも似合うバッグ」
「グレーに似合う色」など、
あたかもたった1つの正解があって、
それを探しているかのようなワードが目立ちます。
ないって、そんなもん。
ないです。

それからもう一つ、
自分にぴったりの靴、バッグ、服はどこにあるかという質問。
その人にぴったりのものなんて、
このブログを検索しても出てきませんし、
そんなもの、私は知りません。
自分にぴったりのものは、自分で探さなきゃ。
自分の半径5メートルになかったら、
自分の街へ、
それでなかったら県庁所在地へ、
それでもなかったら、東京へ、
日本になかったら、世界の果てまで探しに行かなきゃ。
探す前から、ないです、教えてくださいと質問されても、
世界の果てまで探してくださいしか答えようがありません。
それでもないならどうするか?
だったら、あきらめるか、出会うまで待ち続けるか、
自分で作り上げるしかないでしょう。

たとえば、昔の童話や物語では、
主人公は何かとても重要なもの、
それは王子様や御姫様かもしれないし、何か道具かもしれないけれど、
探して長い旅に出かけます。
その先には、目的のものに出会えるかもしれないし、出会えないかもしれない。
青い鳥のように、家に帰ったらあるかもしれない。
だけれども、どれも端折れないのは、
探すための長い時間と努力の旅です。
自分にぴったりのすべてのものがコンビニで売ってるわけでも、
ネットで注文してすぐ明日届くわけでもないでしょう。
消しゴムや、レペットの靴ぐらいだったらいいけれど、
それ以上のものを求めているなら、自分で探さなきゃ。

学校のテストの回答のようなたった1つの答えもないし、
欲しいものは誰かに聞けば(しかも知らない人に)、
すぐ見つかるわけではありません。
私の人生は私にとってのぴったりなもの探しのために使われています。
誰かが最も欲しいものありかなど、想像したところで、わかりません。
親でも、子供が最も欲しいものなどわからない、
夫だって、妻が最も欲しいものなどわからない。
それについて知っているのは自分だけ。
知っている人しか、探せません。
つまり、それを探せるのは自分だけです。

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