2014年4月25日金曜日

心地いいだけでは得られないもの

きのうはシェイクスピアの生誕450年の記念日で、
BBCを聞いていたら、せりふをちょっとずつ言っているCMが流れて面白かったです。
また私が聞いていた番組の中で、
イギリス人は学校でシェイクスピアをやるけれど、
意味がよくわからないし、退屈なので、
大人になると嫌いになっているという話をしていました。
どの国でも似たようなものなのですね。

私たちも、小学校や中学校の修学旅行で、
寺や神社につれていかれて、
退屈で、面白くないので、
そのまま離れてしまう日々が続きます。

私も高校のころ、友だちはみんな茅ヶ崎、鎌倉から来ていましたが、
誰1人、お寺いこうとか、神社いこうとか、
言いませんでしたから、自分たちでわざわざそういうところに行ったことはありません。
(それどころか、誰も海へ行こうとも言わなかった。
近すぎて意味なかった?)

強制されてやれとか、行けとか言われてやったものは、
全然楽しくないし、逆に嫌いになったりしますけど、
自分からやっていれば、そうはならなかったでしょう。

しかし、ある年齢が過ぎると、多くの人が、
こんどは神社やお寺さんにわざわざ行くようになります。
うちの近くの江島神社なんて、いつも人がいっぱいです。

私も、もともとは別にシェイクスピアなんて、好きではありませんでした。
高校生の演劇部員にとっては、ロミオとジュリエット以外、退屈でした。
ましてや、リチャード2世とか、長いので、退屈を通り越して苦痛でした。
しかし、大学に行って、
演劇部がシェイクスピア研究会しかなかったものだから、
しかたなくそれに入り、
しかも、セリフも全部英語でやらなきゃならなくて、
私は英文科じゃないし、
覚えるのが大変だったのですが、
今になっては、あのとき、英語で覚えておいて、よかったと思います。
だって、こうやって、BBCから英語のせりふが流れてくると、
わかるわけですから。
それだけじゃなくて、イギリスに行って、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで
シェイクスピアの芝居を見たとき、自分がやったことのある演目だったら、
内容がわかって、ほかの観客と一緒に笑ったりすることができましたし。

なんでも「心地いいもの」だけを選んでいきましょうという考え方もあるようですけれど、
自分の心地いいものだけを選んでいくということも、
また1つのとらわれではないかなと思います。
楽しい、心地いいだけ選んでいたら、
英語でシェイクスピアを演じるクラブになんて、入りませんもの。
あのときは大変だった、面白くなかったけれど、
やっておいてよかったというものが、誰にでもあると思います。
それはきっと今、大切な宝物になっているでしょう。

(心地いい、楽しいだけを選ぶというのも、結局、感覚にとらわれているということなのだ。
みんな同じです)


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