2014年3月14日金曜日

外国でのジャパニーズ・ファッション

ときどき、外国発信のブログやフェイスブックで、
ジャパニーズ・ファッション好きの人たちが、
その姿の写真をアップしているのを見かけします。
ここで言うジャパニーズ・ファッションとは、
パリコレクションで発表されるようなそれではなく、
いわゆるロリータ・ファッション。
ドレスにフリルがたくさんついた、パニエの入ったスカートに、
ボンネットをかぶる、あれです。
彼女たちは、アニメなどの日本のポップ・カルチャー好きな場合が多く、
それらへのあこがれから、日本のロリータ・ファッションを、
どちらかというと、扮装の1つとしてしているようです。

それがなかなか、これは似合うのか、似合わないのか、
謎な感じです。
日本のロリータ・ファッションは、西洋文化へのあこがれから生まれたと思うのですが、
それが西洋に戻っていくと、それはそれで、また何か変な感じ。

もちろん、ロリータ・ファッションというものが、
相当な勘違いの上にでき上がったというのはわかるのですが、
できあがったものが、その、相当な勘違いの大もとへ戻っていったら、
もうすでにオリジンとは別物になってしまっていて、
オリジナルが似合うであろう人たちには似合わなくなっています。
どこかのサイトで見ていただければわかると思いますが、
何か変な感じです。

人というのは、ないものに憧れるものですが、
日本で西洋にあこがれて、勝手な妄想で作られたロリータ像が、
(もちろん、ナボコフの「ロリータ」を読むわけでもなく)
今度はむこう側から着てみたいと思われるというのは、
面白いです。

でもたぶんこれは、単にその服の形だけのせいではなくて、
日本のポップ・カルチャーへのあこがれが裏側にしっかりあるからです。
文化が好きだから、そこの服にも興味を持って、着てみたい、
次は着てみて写真をブログにアップしたいとなっていったのだと思います。

逆に言うと、文化的にあこがれがないならば、
それほど人気にならないということです。

あこがれがあるからそうしたい、それが似合うとか、素敵だとかとは関係なく、
ということなのだろうと思います。

関係ないですけど、憧れという漢字は、心が童だと書くんですね。
心が子供のようになっちゃうということでしょうか。面白い。