2014年3月12日水曜日

欲しいような気がしているものではなくて、本当に欲しいもの

一人の人が受け取り処理できる情報量というものは、
限られているのではないかと思います。
私は日本のテレビと新聞をやめて、ずいぶんたちますが、
だからといって、入ってくる情報量が減ったわけでもないです。
何よりもネットにつながっているので、
減った分がそによってふさがれて、プラスマイナスゼロといった感じ。

人間が環境の産物であるならば、
情報環境にも大いに影響されるわけで、
そこを取捨選択していかないと、
どうでもいいことに影響されて、迷いっぱなしということになります。

で、多くのどうでもいい情報は欲望をあおって、
いらないものまでいるような気分にさせるので、
そのあおる情報から距離を置き続けるということは、
現代を心静かに生きるためにも必要なことでしょう。

特にCMというものがほとんど目に入らないので、
(それでもYOU TUBEで最初に見ちゃうのよね)
新しい商品がほしいという心の状態はまったくおきません。

電車に乗るたびに、知らない飲料やらビールやらの広告を目にするけど、
あ、そんなものが売ってるのね、という程度。

何を言いたいかというと、
与えられた、いらない欲望と、
本当のところほしいものとはかなり違うということ。
子供が、新しいおもちゃを見て、あれ、欲しいと騒ぐけど、
あなた、本当のところ、あんなもの欲しくないし、いらないでしょということが、
大人になっても起こっているわけです。

ファッションも同じことで、
欲しいような気分になっている、本当は欲しくもないものをそぎ落としていくと、
そこにやっと、自分が本当に欲しくて、満足できるものがあらわれます。
それを持っていないと、だめなんです。
代替品ではだめなんです。
そういうものがそろっていけば、そんなにたくさんの服は必要なくなるということです。