2014年2月28日金曜日

服の軽さ、服の重さ

きのうは発表されたばかりのドリス・ヴァン・ノッテンのコレクションをながめていました。
またしても、大柄です。
あるときから、街は柄であふれるのかもしれません。
何も考えず、ながめていたら、あるとき、この柄の感覚は、浴衣と同じだと気づきました。
正絹の着物はあまり着ることはなくなったこのごろですが、
浴衣はまだまだ、みんなが着ています。
そして、あの大柄の感じが、今回のドリス・ヴァン・ノッテンのドレスにとてもよく似ていました。

着物というのは、詳しく知らないのではっきりそうだとは言い切れませんが、
この着物にはこの帯などと、ある程度、組み合わせが決まっているのだと思います。
柄物の服も同じで、柄が大きくなればなるほど、着まわしには向きません。
そうだとすると、着まわす必要のない、
たとえばワンピースなどのアイテムに取り入れたほうがいいということになります。

着まわしという考え方も、服が細かくパーツにわかれてから出てきたものなのでしょう。
女性の衣服は歴史的に見ても、ドレスや着物のように、
上から下まで同じ1枚の布でできているものが多いです。
昔の人たちは、今ほどたくさんの衣服を持っているとは思えません。
1枚のドレスを作るためには、それなりに長い時間がかかります。
1枚の重さが、今とは全く違うはずです。
生地を機で織る、採寸する、パターンを作る、仮縫いをする、
仕立てるという工程を経て作ったものは、
今の「洋服」と呼ばれているものとはあまりに違うものなんだと思います。

大柄を使ったドレスへ向かうファッションの流れは、
もしかしたら、この衣服の1枚の重みへの回帰なのかもしれません。
ミラノ・コレクションで発表された、ドルチェ&ガバーナの動物のアップリケや刺繍がしてあって、
とても手がかかっています。

軽くなって、たくさんになって、回して、でもすぐに忘れさられ、使い捨ての服から、
思いがたくさんこもって、たくさんは持っていないし、着まわすことなんてできなくて、
でも決して忘れさられない、いつまでも持っているような、
そんな服への回帰が始まっているのかもしれません。
どちらを選ぶかは、その人の生き方によるのでしょう。