2014年2月20日木曜日

それでも選択は任されている

ホロスコープは魂の地図です。
そこにあるのは、その人が生まれたときに持ってきたその人自身の設計図であり、
これからの航路です。
それは宇宙がくれたものなので、
宇宙の片隅の小さな星のローカル・ルールなど、関係ありません。
ましてや、社会が言うこと、親が言うこと、先生が言うこと、
世間体や常識、損得など、どうでもいい話です。

面白いことに、去年の夏から多くの人の筋肉の反射をとってわかったのは、
筋肉の反応を通して体が教えてくれることも、
ホロスコープが示していることと、ほぼ同じだということです。
体が教えてくれることが、魂のどのレベルなのかということは、
もう少し調べていく必要があるのですが、
少なくとも、それは、社会の常識や、損得や、学校でやれと言われたことではありません。

私は、ホロスコープを通して、魂の航路を読むものであり、
筋肉の反応を見て、体のことばを聞くものです。
つまり、魂の側に立っています。

そうなると、魂からのことばではない、そのひとのエゴとは別の考えを持つことになります。
社会的にこうすべきだ、お金がないから引っ越せない、
親から言われたなどなど、
話としては聞きますが、そちらを応援したり、援助したりすることはできません。

残念ながら、筋肉が教えたことを無視するならば、
天体の影響により、魂の道へ引き戻されるような出来事が起こります。
それは事故だったり、離婚だったり、病気だったり、
一般に不幸と呼ばれているようなことが多いです。

ただ、それでもどうするかの選択はその人自身にあると、私は考えています。
だから、魂からの警告を無視して、それを続けても、一向に構いません。
アルコール中毒の人に、アルコールをやめろと体が言っているよと伝えて、
それでもやめないのなら、その選択は尊重します。

ただし、それを選択したのなら、その結果は甘んじて受け入れるべきです。
病気になったり、離婚したりしたのは、自分自身の選択です。

死にそうな人が、それを食べたら、もしかして死ぬかもしれないよというときでも、
それが大好きでどうしても食べたいと言うのなら、それを尊重します。
その結果、死を選んだとしても、それはその人の選択であり、
他人が介入できるものではありません。

最終的に、魂との話し合いのテーブルに着くのは、自分自身です。
そしてその結果もらえる魂からのプレゼントを、
受け取るのも自分だけなのです。